今だに世界四代文明(歴史の授業で)なんて言い方してるのか?

とっくの昔に世界の歴史学会で否定されている説、それは「世界四代文明」なるもの。
南米のインカやアンデス文明なんて知りません。ヒンズー文明なんだそりゃを徹し続けてます。(笑い)
だいたい、お隣り中国の黄河文明なるものより先に「長江文明」(約7千年前の文明)があります。
そもそも「世界四大文明説」というのは、1900年に、清朝末期の支那の政治家だった梁啓超(りょうけいちょう)が日本に亡命中に唱えた政治論らしいですよ
また、英国の歴史家トインビーは「日本文明は、Chinaの文明の衛星文明であり、日本は、西暦645年の大化の改新によって、漢字や冠位を取り入れて、はじめて文明国家となった」と説いたんですね。

「日本の文化・文明はみんな中国や朝鮮半島からきたものが元」そう思わせて、日本国民の意識を下げさしたわけです。扱いやすくしたわけです。
漢字が伝わるまでは日本に独自の文字は無かったことにし、神社なるものを全国に創建し、仏教を広めこの国の独自の習慣、文化、心持ちを破壊したんです。

日本では1万6500年前という世界最古の土器の遺跡が見つかっています。青森県蟹田町の西端「大平山元遺跡」という場所がそうです。
磨製石器も日本から出土したものが最古ですし、15000年前のクッキーも出土されたらしいですよ。
taiheiyama.jpg
稲作だってここ日本は大昔からやっている。
https://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/industry/history/history01.html
一部抜粋「日本で稲作(焼畑)が始まったのは、縄文時代前期(6,000年~5,000年前)。朝寝花貝塚(岡山県)から、6,000年前の稲のプラントオパール(ガラス質の結晶)が見つかりました。さらに、佐藤洋一郎氏の研究によって、菜畑遺跡(佐賀県)から発見された縄文晩期の米に「熱帯ジャポニカ」が含まれていることがわかり、日本で縄文時代に行われていた稲作は、焼畑スタイルだったと考えられるようになりました。熱帯ジャポニカは、温帯ジャポニカに比べて背丈が高く、暑い気候を好みます。日本で稲作が始まった6,000年前頃は、気温が3~4度高くなったことから、熱帯ジャポニカが日本列島に到来したと考えられています。 」

市教育委員会文化財部長の山崎純男氏は、熊本県本渡市の大矢遺跡から出土した縄文時代中期(約5000~4000年前)の土器に稲もみの圧痕(あっこん)を確認したと発表しています。

http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/2462/1/KJ00000697267.pdf#search=%27

縄文時代前期である「1万2000年前のプラントオパールが鹿児島から出土した」という事実は闇の中。

話は少しずれるが、熊本大学の研究は日の目を見ないことが多いよね。
https://shingi.jst.go.jp/past_abst/abst/p/13/1326/6univ05.pdf
こいつの前に
「乳酸による細胞の初期化」なる論文発表がかつてあった。
こいつを元に理研の小保方さんは「STAP細胞」なる万能細胞を作ろうとしていたわけ。
でもさあ、乳酸によって細胞が初期化するなんて知られちゃまずいでしょ。だから小保方さんはグラビアやったり、パテシェやったりすることになったのさ。
ちゃんと説明しなくてもわかるでしょ。自分でよく考えてね。

いずれにせよ、ここ日本が世界で一番最古に栄えた文明といえるような花を咲かせた国であることは世界中の考古学者の認知するところ。ペトログラフの分野でも同じ意見。
知らぬはここ日本人なり。

最後に、ちょっと古事記や日本書紀等をかじった者達が、日本の国名は渡来人が来てから付けられたと思わされてるけど、それは違うよ。みんな元々は「倭」だと思わされてるよね。倭がどういう意味なのかは何回か前に説明したからもう書きませんよ。
ただ「ニホン」や「ニッポン」じゃないけどね。「ヒノモト」が本当の呼び名。漢字で書くから日本なだけ。以前は漢字なんてなかったからね。そしてそれをうまく利用したんだよ。「ヒノモト」じゃなくて、「ニホン」「ニッポン」にしたのさ。



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